白井操クッキングスタジオ

料理研究家・白井操の神戸発レシピやエッセイがたっぷり!料理講習会のイベントや主な著書なども掲載中。男の料理や食育、シルバーカレッジ情報も発信中。

操の「へぇ~!」な雑学

第9話 黄瓜と胡瓜

(操さん)
「トントン!今年の夏は大雨だったり、めちゃくちゃに暑かったりで農家の方はきっと苦労をなさっているはず・・・。今年は特に感謝を込めて野菜を食べています。切り方ひとつで食感や見た目が変わるきゅうり。スタジオで家庭菜園風に作っていた時は、一日でぐんぐん大きくなって、朝収穫し忘れると大変なことになりました。きゅうりのこと、いろいろ教えてくださいな。」

(ムッシュ・フルーリ)
子供のころ、うだるような夏の暑い日、我が家では夕食の一品として、頻繁に出されていたのが、「キュウリのザクザク」。おかずといっても、よく冷やしたキュウリを薄く輪切りにして、醤油と味の素をかけて食べるという、いたってシンプルな一品。シャキッとした歯ごたえと、口の中に広がる冷たい青臭さが美味しかったなぁ。ほかの家族に取られまいと、しゃにむに頬張っていたのを思い出すよ。みんなもそんな思い出はないかな?
一般的なきゅうり

さて、さてこのキュウリという野菜、江戸時代の末頃までは、やや苦みのある完熟した黄色い果実を食べていたんだと。今のように緑色をした未熟果を食べるようになったのは、幕末に品種改良が進み、歯ごたえと味の良い品種が登場してからなんだぞ。
インド北部が原産のキュウリが日本に入ってきたのは、平安時代まで遡るんだけど、1000年ほどは、完熟したまずいキュウリを食べていたんだな。ちなみに、あの徳川光圀が「毒多くして能なし、植えるべからず、食べるべからず」なんて言ってるんじゃからのぉ。
 黄色い完熟果と緑色の未完熟果

これでみんなも分かったじゃろう? なんでキュウリと呼ばれているか。キュウリはすなわちキウリであり、黄瓜なんじゃな。日本に導入されてから長い間黄色く熟した果実を食べていたからで、今でも中国では「黄瓜」と書くんだと。
でも、日本では、今は「胡瓜」って書くよな。この「胡」という字は、シルクロードを通って日本に渡ってきたことを意味しとるんじゃ。原産地のインド北部から中国を経由して日本に導入されたからのぉ。そうじゃ、ゴマ(胡麻)も、原産地のはるかアフリカ大陸からシルクロードを経由して日本に入っているんじゃぞ。

幕末になって、ようやく品種改良が進み、未熟化を食べるようになったんじゃが、それ以降、各地で独特な品種が育成され、太くて短い「加賀太」、細くて長い「宍粟三尺」イボと皺の多い「四葉(スーヨー)」など、多数の地域品種があったんじゃが、近年はそのような地域品種も次第に生産が少なくなってきとるんじゃ。寂しい限りじゃな。
 金沢の加賀太
   操ちゃんと宍粟三尺

現在、市場に出回っている胡瓜の9割以上が、「白イボ系」と呼ばれている品種群で、イボが少くて皮が薄く、歯切れがいいんじゃ。
日本では、そのまま生で食べるか、酢の物や塩もみにするか、はたまた漬物にして食するけど、加熱して食べることはないよな。でも、中華料理では、炒め物や煮物に、またスペイン料理のガスパチョのようにスープに入れることもあるぞ。
いずれにしても、夏の暑いときにキンキンに冷やしたキュウリの料理は最高じゃのぉ。

(操さん)
「へぇ~!きゅうりは黄瓜だったんですね。名前の漢字を見れば、シルクロードが見えてくる・・・なんて勉強になりました。夏の郷土料理として知られる冷や汁はいかが。パリパリ、シャキシャキ、きゅうりの食感はそれとはなく涼を呼ぶのかもしれません。」
「豚肉の冷や汁風」のレシピはこちら>

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