白井操クッキングスタジオ

料理研究家・白井操の神戸発レシピやエッセイがたっぷり!料理講習会のイベントや主な著書なども掲載中。男の料理や食育、シルバーカレッジ情報も発信中。

操の「へぇ~!」な雑学

第7話 狼の桃と黄金の林檎

(操さん)
「トントン!スーパーのトマト売り場には一年中いろんな品種のトマトが並び、フルーツトマトや、多彩な色味のミニトマトも身近になりました。家庭菜園で楽しみに育てる人も多いと聞きます。昔食べたトマトの、あの青っぽい香りも今では懐かしいものに・・・。どんどん進化を続けるトマトのこと、あれこれ教えてくださいな。」

(ムッシュ・フルーリ)
「狼の桃」と「黄金の林檎」、みんなはどっちを食べたいと思うかね? えっ、そりゃあなんだって? 今回、操ちゃんからおたずねがあったトマトの話をしてあげようと思ってさ。そう、どっちもトマトの別名なんだ。

トマトは、ナス科ナス属に分類され、学名がSolanum lycopersicum とされているんだが、この種小名に付けられている lycopersicum は、ラテン語でlycos(狼)+persicon(桃)を合体させた言葉で、18世紀当時、イギリスではトマトが粗野で桃より味が悪いと思われていたからなんだな。それで、学名が「狼の桃」っていうわけさ。 一方、イタリアでは、16世紀にメキシコから導入されたばかりのトマトに、とても大切なもという意味を込めて、pomodoroポモドーロ(黄金の林檎)と名付けられたんだ。ついでにもう一つ、フランスでは、ポム・ダムール(愛の林檎)って言うらしいぞ。

16世紀にアメリカ大陸からヨーロッパに入ってきたトマトは、同じナス科の有毒植物であるベラドンナに似ていたため、毒があると思われていて、約200年間は観賞用の植物として扱われていたんだ。ところが、18世紀になって、イタリアでは飢饉の際に食用として食べられるようになったんだと。将にイタリアではとても大切なもの「ポモドーロ」だったんだな。
日本には、江戸時代の後期に長崎に伝わったらしいんだが、やっぱり食用ではなく、観賞用として「唐柿」と呼ばれていたらしいぞ。実際に、食用として普及し始めたのは明治時代になってからだけど、我々庶民が好んで食べようになったのは戦後のことだね。吾輩も幼少のころは、あの青臭いトマトが、あんまり好きじゃあなかったけどな。

今では、日本人の食生活になくてはならない野菜になっているトマトじゃが、日本で食べられているトマトは、「桃太郎」に代表されるピンク系トマト(または桃系とも言う)なんだぞ。しかし、世界の主流は赤系といわれる、真っ赤に熟す品種群なんじゃ。トマトケチャップも、トマトピューレも、トマトジュースも、みんな真っ赤だろう? そう、加工用のトマトはほとんどが赤系の品種なんだ。
 日本の代表的なトマト「桃太郎」
 加工用の真っ赤なトマト

この真っ赤な色素が、リコピンというもので、がん予防の効果があると言われているんだけど、最近は、コレステロールや血圧などを改善する効果もあるってことが解ってきたらしいぞ。
ところで、みんなはトマトの旬はいつか知っているかな? そりゃあ、強烈な太陽の下で真っ赤に色づく夏だろうって? 本当にそうかい? じゃあ、トマトの原産地を思いだしてみてごらん。そう、ジャガイモと同じように、南米はアンデス山脈の高原地帯だったよね。熱帯の高地ということは、一年中春から初夏のような気候なんだな。だから、強い陽射しを好むんだけど、蒸し暑さにも寒さにも弱いってことさ。だから、日本では、初夏と秋冬が美味しいとされているんだ。
夏が旬だと思っているのは、日本でトマトの栽培がはじまったころは、加温ハウスなどの設備が十分じゃなかったので、夏作しかできなかったからなのさ。いまでは、ほとんどがハウス栽培になっていて、9月に定植して、秋11月頃から翌年の7月頃半ばまでが収穫の時期なんだぞ。

日本では一年で枯れてしまうトマトだけど、原産地では多年生で、適切な環境を保ってやると何年も生育を続けて、開花と結実を続けるんだぞ。そんな環境下では、1年に8~10メートルも生長するのさ。どうだい、すごい能力を持っているだろう。ちなみに、施設栽培大国のオランダでは、軒高の非常に高い大きな温室で栽培されていて、その収量は1年間で100t/10aと日本の優秀な農家(35t/10a)の約3倍も収穫しているんじゃ。しかも、オランダでは、200t/10aの収量を目指しているというから驚きじゃ!

兵庫県の加西市には、オランダ型の次世代温室が整備されていて、そこで最先端技術によるトマト栽培が行われているんじゃ。ここでは、水耕栽培といって、土は一切使ってないんじゃ。日本の農業も随分進んでるじゃろう!?

兵庫県加西市に整備された、軒の高いオランダ式の次世代型温室

次世代型温室の内部(トマトの栽培風景)

(操さん)
「へぇ~!おいしいトマトが地元でたくさん作られているのは、うれしいこと!「狼の桃」や「黄金の林檎」なんて素敵な呼び名があったんですね。旨みと栄養がたっぷりのトマト。トマトのマリネは、その旨みを実感する爽やかな味わい。おもてなしにもぴったりです。」
「たっぷりスープのトマトマリネ」のレシピはこちら>

第6話 グリーンアスパラガス

(操さん)
「トントン!ヨーロッパの人々はホワイトアスパラを食べると春がきたなぁと思うそう。昔スタジオの庭にグリーンアスパラガスが植わっていて、春になると毎年思いがけない場所からにょきにょきと元気に顔を出すのが何とも楽しみでした。春を告げるグリーンアスパラガスのこと、あれこれ教えてくださいな。」

(フルーリ)
アスパラガスといえば、みんなは何を頭に浮かべるんだろう? グリーンアスパラ、ホワイトアスパラ、それとも観葉植物のアスパラガス? まあ、一番よく目につくアスパラガスといえば、グリーンアスパラなんだろうな。 春先から初夏にかけて、筆先のような形をした新芽が束にして売られてるからね。これをさっと湯がいて、マヨネーズをつけて食べると最高だね! 炒めて塩こしょうしたものも、ビールの友にまた良し! おっと、料理は操ちゃんに任せておかなくちゃ!
 グリーンアスパラガス

アスパラガスは、古くから地中海東部からロシア南部にかけて自生したものを利用していたようなんじゃが、紀元前200年頃には、ギリシャやローマですでに栽培されていたんだと。日本へは、江戸時代後半にオランダにより観賞用として伝えられ、食用として本格的な栽培が始まったのは、大正以降なんじゃ。そのころは、欧米に輸出する缶詰用としてホワイトアスパラの栽培が主流だったんじゃな。その後、昭和40年代以降はグリーンアスパラが主流になったんだな。
 ホワイトアスパラガス

さて、このアスパラガスという植物の親戚は日本にも自生していて、キジカクシやクサスギカズラなどがあるんじゃが、アスパラガスは、和名をオランダキジカクシと呼んでいるんじゃ。キジカクシとは、「雉隠し」と書いて、この植物が茂ると、雉が隠れてしまうほどに繁茂するからなんじゃ。ちなみに、アスパラガスの仲間は、葉が退化してしまっていて、細い葉に見えるのは偽葉(ぎよう)といって茎が変化したものなんだぞ。 葉は、茎の周りについている三角形をした袴のようなものがそうなんじゃ。
 茎が変化した偽葉
 アスパラガスの花・実
アスパラガスは宿根草なので、一度植えると10年くらいは収穫し続けることができるんじゃが、根の量がものすごく多くて(写真を参照)、株にしっかりと栄養をつけておかないと、毎年、春に太い新芽が出てこないんじゃ。だから、植えつける前の土づくり(特に、たい肥などの有機物の施用)がすごく重要なんじゃ。それに加えて、毎年の十分な肥培管理を怠ると貧弱な細い新芽しか出てこなくなるからのぉ。毎年植えつける手間は要らないけど、その分ほかに必要かつ重要な作業がたくさんあるから、農家のみなさんは大変なんだ。だから、心して食べるんだぞ。
 アスパラガスが繁茂した夏の様子
アスパラガスの非常に大きな塊根

ところで、アスパラガスの学名は、Asparagus officinalis なんじゃが、このofficinalisという単語は、「薬用として使われる」という意味のラテン語で、古くから利尿作用や健胃作用が知られていたようなんじゃ。日本に自生している親戚のクサスギカズラも、根を蒸したものは「天門冬(てんもんどう)」と呼ばれる生薬なんじゃ。その主要成分はアスパラギンで、滋養、強壮、止渇などの薬効があるそうな。

アスパラガスは、ビタミンA,B1,B2,C,Eに葉酸などを含み、非常に栄養豊富な野菜じゃから、しっかりと食べるようにな。 あっ、そうそう、ちなみに、冷蔵庫で保管するときは、濡れた新聞紙などで包み、上下を間違わないように立てて保存するとイイぞ。

(操さん)
「へぇ~!栄養たっぷりなのはびっしりと張る根のおかげだったんですね!根っこが薬になる仲間がいるなんて、かわいい見た目よりずっと力強い野菜。アスパラガスの歯ごたえと味わいをシンプルに楽しむこんなレシピはいかがですか。」
「グリーンアスパラガスとベーコンのソテー」のレシピはこちら>

第5話 じゃがいもと馬鈴薯

(操さん)
「トントン!煮てよし、焼いてよし、蒸してよし、つぶしてよし、食べ方の数だけおいしさがあるジャガイモ。もしジャガイモがなかったらいつもの食卓の景色がすっかり変わってしまいそうなぐらい、身近な食材ですよね。最近は新しい品種もどんどん出てきて選ぶのも楽しいし。おいしいじゃがいものこと、いろいろ教えてくださいな。」

(ムッシュ・フルーリ)
前回は春キャベツについて話をしたんだけど、今回は白井先生からのお尋ねで、初夏の味じゃがいもについて話すことにするぞ。

じゃがいもはみんなも知っているように、南米のアンデス山地の高地の原産で、16世紀にスペイン人によってヨーロッパにもたらされたんだけど、当時は観賞用の花としてフランスの宮殿などで、栽培されていんだそうな。日本には意外と早く1600年頃にはオランダ人により導入されたようなんだ。そのとき、インドネシアのジャカルタ(当時はジャガトラ)港から運ばれたから、ジャガタラ芋と呼ばれていたんじゃ。それが、だんだん変化してじゃがいもとなったんだな。今も昔も日本人は言葉の省略が好きだねぇ。
その後、明治時代になって北海道開拓が進むにつれて外国品種の導入が盛んになったんだけど、この時期最も早く海外から導入されたのが「男爵薯」なんだぞ。これは当時、函館ドックの役員をしていた川田竜吉が、アメリカ生まれの「アイリッシュ・コブラー」という品種をイギリスから導入したんだけど、彼が爵位を持っていたことから、「男爵薯」ばれるようになったんだ。その「男爵薯」は、150年近く経った今でも、「メークイン」と並んで日本の代表的な品種として君臨しているんだからなぁ。どうだい、感慨深いだろう?
 じゃがいもの品種 出展:日本いも類研究会

さて、みんなは、じゃがいものことを馬鈴薯と言うのも知ってるよな? この馬鈴薯という名前は、18世紀に本草学者の小野嵐山によって名付けられたんだけど、これは、中国における名前と漢字も同じなんだってさ。何でも、馬の首に付ける鈴に形が似ているからなんだって。因みに、「薯(しょ)」という漢字は、いものことを指していて、甘薯(さつまいも)、自然薯(やまのいも)にも使われてるよな。

じゃがいもは、アンデスの高地の原産だけど、そこは熱帯の高地だから、年中春から初夏のような気候で、極端な暑さや寒さのない地域なんだ。だから凍り付くような寒さにも、うだるような暑さにも弱いって言うのが、じゃがいもの性質なんだぞ。というわけで、夏の涼しい北海道が栽培の適地となって、最大の生産地になっているんだ。
ところで、北海道では、春に種芋を植えて、夏から初秋に収穫する、年に一作の夏作だけなんだ。みんなも、じゃがいもの薄紫色や白色の花が、見渡す限りの畑一面に咲いている、夏の北海道の風景写真を見たことがあるだろう? 花が終わって一ヶ月もすれば収穫が始まるんだけど、あれは春に植えたものが夏に花を咲かせているんだ。
 じゃがいもの花 出展:日本いも類研究会

ところが、関東以西の暖地では、夏が暑すぎて高原育ちのじゃがいもには耐えられないので、夏を避けて作るようになったんだな。幸い、種芋を植えて収穫するまでの期間が3ヶ月ほどと短いので、西日本では、春先2~3月に植えて5~6月頃に収穫する春作と、初秋の9月上旬に植えて晩秋の11~12月上旬に収穫する秋作の二毛作が可能なんだぞ。特に「新じゃが」という名前で出回るのは、春作の収穫時期となる5~6月で、湯がいても、蒸しても、焼いても、皮が薄くてホクホク、熱々の新じゃがにバターをのせるだけで最高のご馳走だもんな。
でも、じゃがいもを食べるときに気をつけてもらいたいのは、じゃがいもは有毒植物であると言うことなんだ。じゃがいもは表面の凹んでるところから芽が出るんだけど、その芽にソラニンと呼ばれる毒を含むので、必ず調理の前にはしっかり取り除くようにな。また、芽以外にも、光に当たって緑色に変色した皮にも同じソラニンが含まれるので、そうなったら皮は厚めにしっかりと剥いてから、調理するんだぞ。
せっかくの美味しいじゃがいもを食べて、中毒にならないようにな!

(操さん)
「へぇ~、男爵薯ってそんなに昔から食べられてきたんですね。一面にジャガイモの花が咲くところも一度見てみたいなぁ。新じゃがの季節、とっておきのレシピをご紹介します。これって「きょうの料理」50周年の時に、きょうの料理HPで歴代の人気レシピ第3位になったんですよ。ムッシュ・フルーリも今夜のおかずにどうですか?」
「みそじゃがバター」のレシピはこちら>